東京高等裁判所 昭和44年(う)375号・昭44年(う)376号 判決
被告人 竹内義夫 外一名
〔抄 録〕
所論は、被告人高橋は、本件交差点手前で黄色の燈火の点滅信号の表示にしたがつて、時速を約三〇キロメートルに減速し、他方、左右に通じる信号燈が赤色の点滅を表示していること、さらに交差点内に車両等のないこと、横断歩道を横断する歩行者のないこと等、交差点内における交通の安全を確認したうえ、同交差点に進入した。ところが、被告人竹内は、進路交差点の対面信号機が赤色の燈火の点滅信号を表示しており、被告人高橋がすでに右交差点内に進入していることにも気づかず、相当の高速で同交差点に進入した暴走行為によつて本件の交通事故が生じたのである。被告人高橋は、被告人竹内の車両を左斜め約三〇メートルの距離において認めているのであるから、逆に被告人竹内も、少なくとも右距離において被告人高橋の車両を認めることが可能であつた、といいうる。したがつて、被告人竹内が、信号燈の赤色の点滅に気付かず進行したとしても、右地点において被告人高橋の車両を認め、同被告人と同様の制動装置を用いれば、本件事故は完全に回避し得た筈である。しかるに原判決は、本件事故について、被告人竹内の前記過失を肯認しながら、被告人高橋に対しても本件交差点に進入するについて、ただちに停止しうる程度の減速徐行の措置をとるべき注意義務のあることを前提として、その違反責任を問うたのであるが、道路交通法施行令第二条によれば、黄色の燈火の点滅の信号表示のときは他の交通に注意して進行することができると定められており、被告人高橋は、右規定に従つて運転し、被告人竹内が、赤色の燈火の点滅の表示に従つて、交差点前で一時停止をしてくれるものと信頼して進行したものである。原判決が、被告人高橋に対し、法令の解釈を誤つて法令に定める注意義務を加重し、またいわゆる信頼の原則についての最高裁判所の判例に違背して、その責任を肯認して法令を適用したのは、まさに法令の解釈を誤り、罪とならない行為を有罪としたものであつて、その違反は判決に影響をおよぼすことが明らかである、と主張する。
なるほど、道路交通法第四条第四項をうけての同法施行令第二条所定の「黄色の燈火の点滅」のばあいは「注意進行」であり、「………車両等は、他の交通に注意して進行することができる。」のであつて、点滅のない黄色の燈火による信号のばあいと異なり、常に必ず徐行ないし一時停止しなければならない、というものではなく、そのさいの四囲の状況からみて人車との接触等のおそれがないときは、そのままの速度で直進してもさしつかえないわけである。しかし、それだからといつて、所論のように、自己の進行方向の信号燈が黄色の点滅を表示しており、他方、左右に通じる信号燈が赤色の点滅を表示していること、さらに、交差点内に車両等のないこと、横断歩道を横断する歩行者のないこと等を確認するだけでは十分でなく、そのほかになお、道路の幅員、交差点における左右の見通しの難易および明暗の度合ならびに交差道路上を走行してくる車両の有無ないしその速度、動向、彼我の距離等に十分意をくばり、その事情のいかんによつて交差点内で他の車両等との接触、衝突等の事故が発生する恐れのあるばあいには、直ちにその具体的状況の推移に即応し適宜敏速有効な措置をとることができるよう徐行して交差点に進入する等交通の危険を回避するため十分な注意をすることも、また、前記「注意進行」の信号表示の要請するところと解するのを相当とする。
ところで、当審における事実取調べの結果をもふくめた関係証拠によると、本件交差点は、被告人高橋の運転する車両が、西方から進行してくる車道幅員九メートル(北側歩道幅員四・八〇メートル、南側歩道幅員四・六〇メートル)の直線道路と、被告人竹内の運転する車両が、北方、すなわち左方から走行してくれる車道幅員九・五〇メートル(両側の歩道幅員いずれも三・四〇メートル)の直線道路とが、ほぼ直角に交差するのであるが、その道路両側には歩道をへだてて商店又は人家が立ちならんで左右の見とおしのきかない交差点であること、その交差点には照明燈がなく、付近の電柱に四〇ワツトくらいの外燈があるが、深夜のため商店、人家は戸をとざし、照明がないため、周囲は暗い状況であつたこと、被告人高橋は、本件交差点における対面信号機の信号が、黄色燈火の点滅を表示しているのを視認するとともに、他方、交差点の手前五~六メートルくらいの地点で、交差する左右道路の対面信号機の信号が、赤色燈火の点滅を表示しているのを認めたが、その際同交差点の左方道路から被告人竹内の運転する車両が、本件交差点に向つて進行してくるのを左斜前方約三〇メートルの地点に発見したにもかかわらず、一べつしてその速度がそれほど大きくもなさそうだから赤色点滅信号に従い当然停止するものと速断して、徐行等の措置を講ずることもなく相当な速度を維持したまま同交差点に進入したこと、ところが、その直後、被告人竹内の車両の速度が大きいのに気付き、にわかに衝突の危険を感じて急きよブレーキをかけたが及ばず、自車前部を被告人竹内の車両の右側面に衝突させたこと、本件事故は、昭和四一年七月二一日の午後一一時三〇分ころの深夜に発生したこと、その事故により原判示のような死傷者を出したこと、被告人高橋の車両によつて印せられた二条のスリツプ痕が、本件交差点の西側横断歩道の内側(東側)表示線付近から始まつて、約八・一〇メートルにわたり交差点内の本件衝突地点まで直線状をなして残されていること、他方、被告人竹内は、対面信号機の信号が、赤色燈火の点滅を表示していることに気付かず、一時停止もしないで、毎時四〇キロメートルを相当上まわる速度で本件交差点に進入して来たものであること、がそれぞれ認められる。
以上の事実によつてもわかるとおり、深夜、左右の見とおしのきかない、照明のわるい本件交差点にさしかかつた被告人高橋が、折から左方の通路から本件交差点に向つて進行してくる被告人竹内の車両を左斜前方約三〇メートルの地点に認めたのであるから、このようなばあいには、相手方車両の速度、動向等を正確に把握して具体的状況を適確に判断し、事態の推移に応じて機宜の措置をとることができるよう徐行して交差点に進入する等当該交差点における交通の安全に十分な注意を払う業務上の注意義務がある、と解するのが妥当であると思われる。ところが、被告人高橋は、本件交差点に進入しようとしたさい、前記のとおり、左方の道路から被告人竹内運転の車両が走行して来るのを認めながら、自己の対面信号が黄色燈火の点滅であり、相手方のそれが赤色燈火の点滅であることに意を安んじ、左方からくる被告人竹内の車両が当然停止するものと思い込んで、相手方車両の速度、動向等に十分な注意を払い、徐行あるいはそれに近い減速措置をとることもなく、少なくとも毎時三〇キロメートルを相当上まわるくらいの速度(分離後の原審第六回公判における被告人高橋本人の供述によると、同被告人が、本件事故後時速三〇キロメートルで走行する乗用自動車に急制動をかけて、実際にそのスリツプ痕の長さをはかつてみたところ、六・四一メートル滑つていたというのであるから、もし、これが真実であるとすれば、これと本件事故現場に印されていた同被告人の車両のスリツプ痕の長さ(左右両輪とも約八・一〇メートル)とを比較するだけで、路面の状況ないし車種あるいはブレーキの効率等の条件において多少の差はあるとしても、本件交差点に進入する際における同被告人の車両の速度が、時速約三〇キロメートルである、と限定してしまうことは、やや狭きに過ぎて妥当とは認め難いが、この点は、検察側でもしいて争つていないから、あえて職権により、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認として、被告人高橋に対する原判決を破棄するまでの必要はない、と考える。)で漫然同交差点に進入したため、本件事故をひき起こしてしまつたのであるから、やはり、これについて過失の責任を免かれるわけにいかない。もとより、被告人竹内においても、前記のとおり、赤色燈火の点滅信号の表示を見落とし、かなりの高速度で本件交差点に進入した、という過失を犯していることは明らかであるから、結局、本件事故は、被告人竹内と被告人高橋との双方の過失の競合によるものというべきであるが、被告人高橋自身に前記のような過失が認められる以上、たとえ被告人竹内に過失があるからといつて、それが、自己の責任に消長を及ぼすべき筋合いでないことはいうまでもない。原判決の趣旨とするところも結局右と同一に帰着するものと解せられるから、原判決には所論指摘のような法令の解釈、適用を誤つた違法はなく、また、所論引用の最高裁判所第三小法廷の判決は、右折を始めようとする原動機付自転車の運転者に、交通法規に違反して高速度でセンターラインの右側にはみ出してまで自車を追い越そうとする車両のありうることまでも予想すべき注意義務がない、とされた事例であつて、必ずしも本件に適切ではない。論旨は理由がない。
(樋口 浅野 田畑)